« ペットグッツのショップモールを作ろうかと思っています。賛同者募集 | メイン | 神奈川県横浜市中区:ローマステーション »

こんばんわ。久しぶりの更新となりますが、過去のコラムを掲載いたします。
当時のままですので、多少文面がおかしいかもしれません 。

これはうちの愛猫るなの手記です。
同じ同じ障害を持つ仲間に捧げます。

 


1999/11/04待望の子猫が生まれた。その前の出産では生まれた2匹とも死産で待ちに待っていた子猫だった。
3匹の出産のうちの1匹がるなだった。
PIC00019.jpg
※貴重な、母親と兄弟との写真。既に汚くなってきています。右がるな、真ん中がりな、左がクル。

当初の子猫の頃にはまったく分からなかったが障害をもった猫だった。
母乳を飲むのも大変そうで歩きかたもおかしかった。目にライトを当てても全くわからない状況だった。

獣医さんの診断によると[小脳]の発達不足と障害と判断された。

目もまったく見えず辛うじて人間でいう0.01以下(弱視)並にしか見えず、当初はまともに食事も出来ない状況だった。

当初、食事もるなを抱き口にはしでドライをあげるという過酷な状況。

さらに目の見えない精神的負担なのか?
それとも精神不安定だったのかはわからないが、非常に人間が危険な状況になることがあった。噛むのである。

暴れるのも半端ではなかった、奇声をあげながらゲージの中を飛び回り耳を切って血を飛び散らせるのも通常の事だった。

どうみても[簡単に死にそうのない]子だった。かみさんとも[こりゃクル達より生きそうだな]と話していたものだった。

段々に体も大きくなり、餌もなんとか猫缶であれば食べられるようになっていた。

次なる問題は悪臭だった。トイレ全て垂れながし状態だった。
ゲージの中に新聞紙はひいて常時換えてはいたがそれよりもるな自身の臭いがかなりきつくなっていた。
はじめてお風呂に入れることになったが、これも大変だった。
恐がって暴れるは噛むは、しかし以外とお風呂が好きなようで大人しくなっていった。
初めのうちは親猫が当然面倒を見るのできれいだったが後はこちらで面倒をみなければならなかった。

現在、仕事の関係からうちは2つの家がある。
1つは建てたばっかりの2世帯住宅(かみさんの両親と同居)もう1つは借りている横浜のテラスハウスだ。
先日、祖父が病気で他界しその通夜と葬儀の為に自宅へ戻っていた矢さきに起った。るなの様子がおかしいのだ。

いつもならだされた猫缶は全て食べきるはずなのに殆ど口をつけていない。
ゲージの中で全く動いていない。呼吸もしていないように見える。
最初[だめだったか]と思っていたところ[うみゃー]と苦しそうにないている。
生きてることは生きているが殆ど虫の息だ。その1時間程前まで元気で、風呂に入れたばかりだったので驚いた。
この日は通夜の帰りなので、時間は朝4:00どう考えてもまともに病院のやっている時間ではない。
いつものかかりつけの動物病院へ電話。
20分後、折り返しに電話があり、すぐ連れてきてとの事で
(ここまでに他の病院にも電話し一つだけ繋がったが対処が良くなかった)すぐに車でむかった。
翌日?電話をしたところ、[何とか動いたりしている]との事で少しほっとしていた。

翌日告別式のため、埼玉へ。昼間様子を電話したところ[かなり良くない]昼過ぎからかなり悪くなっているとの事。
法要もパスして高速で戻る。動物病院についたのが18:30。

しかし、るなはもうこの世にいなかった。

電話した1時間後眠るように息を引き取ったという。生まれてから11ヶ月、もうちょっとで1才だった。

やはりまともに消化出来ていなかった。過度の栄養不足が原因だった。
察するに大きくなる体に消化能力がついていかなかったのだろうと。

2日前にお風呂に入れてやったのが最後になろうとは思ってもみなかった。
いや考えてはいたが一度[回復]の知らせを受けていたためショックは隠せなかった。
グルグル喉をならして耳の掃除まで出来てよかったと思っている。

  るなには色んな事を教えてもらった、生命の強さと弱さ。生きていくことの過酷さ。

翌日横浜の自宅へ帰りるなのつかっていたゲージを見てなんとも言えない気持ちになった。
確かに手はかかるし大変だったがあれほど存在感のあるやつはいなかった。
5匹が4匹になっただけなのに半分ぐらい無くした気持ちになった。

亡くなってしまってから色々考えた。えさは十分だったのか?出来ることは全てやってあげられたのか?
考え出すと切りがないし後悔しか出来ない。だからこそ残った猫を大切に育てて行こうと考えている。

るな。うちに生まれてくれて、ありがとう。安らかにおやすみ。
みんなによろしくな。

追記

その後、るなと暮らした横浜のテラスハウスは取り壊しになり、彼女が生きた場所は自宅のみとなっています。そのお墓には今でも花が飾られています。彼女の兄弟は元気にまだ頭を悩ませてくれています・・。きっと彼女のおかげでしょう。ありがとうるな。 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.ex-ternal.com/cgi/mainmt/mt-tb.cgi/197

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

About

2007年04月29日 02:05に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「ペットグッツのショップモールを作ろうかと思っています。賛同者募集」です。

次の投稿は「神奈川県横浜市中区:ローマステーション」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。